今年も

 

森へ。

 

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大晦日に

 

ふと気が付けば、今年も残すところほんの少し。2013年、大晦日を迎えました。 

前回のブログからなんと2ヶ月以上も時間があいています。これには自分自身でも驚きを覚えます。

 

本当に、今年は、心身ともに負荷のかかる、大変な日々が続きました。

それはまるで、「不、負、腐」と闘うような毎日で、心と体を健やかに保つことがどれだけ難しく、貴重かを痛感する、いわば人体実験のような空間でした。

たくさんの別れと、新たな素晴らしい出会いと。 

ありとあらゆるものに揺さぶられながらも、なんとか新年を迎えられることに、安堵のような、一抹の畏れのような、うまく表現しにくい想いを、今、抱いています。

2014年は、何かが大きく動く、新しいスタートのような、節目のような年になるような気がしています。 

テーマは、「朗らか」として、日々を歩んでまいりたいと思います。

 

2013年を支えていただいた多くの皆様と、救ってくれた落語や森、植物、そして、大好きな下北沢の街に感謝をしつつ、年末のご挨拶とさせていただきます。 

 

2014年、実り豊かな素晴らしい一年になりますように。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

 

 

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縁というのは不思議なものです。

 

つながると思ってもいなかった縁が、ふとつながったり。

つながってほしいと思っていた縁が、そうならなかったり。

 

「縁は異なもの味なもの」

 

落語のマクラでもよくつかわれるこのフレーズ。本来は男女関係のご縁に限定されたようですが、今ではそうも限らないようです。

 

人と人。人と物。人と場所。人と時間。

見えるもの、見えないもの。

 

何かと、何か。

 

つながるものはすべてご縁。

つながりが切れてしまっても、それも大事な、役割を果たしたご縁。

 

大切な事は、すべてのご縁に、ありがとうの気持ちをいだくこと。

 

そうひしひしと感じ入るような、今日この頃です。

 

 

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消えゆく森の夜のこと

 

宮澤賢治がお亡くなりになられたのは、1933年9月21日のことだったらしい。それからちょうど80年という節目の夜。小平市中央公園の雑木林でどんぐりの会さん主催の幻燈会が開かれた。

5月に行われた道路計画の見直しを問う住民投票は、投票率が過半数を超えず、未開票のままとなっている。そして、この雑木林と、隣接する玉川上水の森は、これから数年のうちに道路へと変えられてしまう。481本の木々が切られる運命。素直に、やりきれない顛末。

 

開演は18時30分。15分前に雑木林に到着した時点で、すでに会場は沢山の人で埋め尽くされていた。影絵で遊ぶこどもたち。暗い森なんて、怖くないよ。そんなこどもたちの思いが、あちこちから聞こえてくるよう。

 

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人は、子供は、家族連れは次から次へと訪れた。それはまるで、消えゆく運命にある森をいとおしむかのような、そんなやさしさに溢れた空間だった。

 

宮澤賢治の「注文の多い料理店」。私にとっても思い出がある。小学生のころ、自ら本屋で選んで、父親に買ってもらった1冊の文庫本。時を経て、改めてストーリーと向かいあう。それがまさか森の中になろうとは、思いもよらない不思議な感覚に包まれた。

 

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元気だった子どもたちが、すうっとスクリーンに見入り始めた。太鼓に鈴、笛の音に朗読。映し出される映像。どこか懐かしく、どこか心地の良い空間。葉の揺れる音。虫たちの声。枯れ葉を踏む、誰かの足音。

 

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30分の森の空間に訪れたのは、300人、それとも400人?

 

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暗闇の森なんかこわくないよ。森はいつだって、きっとなにかを教えてくれる。

 

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五感をつかって、木々と一緒に。

どこまでも自由に表現できるのは、生き物がつくる空間にいるからかな。

 

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響く音と消えゆく森。そして、人のにおい。

 

いきものは、一度死んだら、もう生き返らない。

 

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失くしたくないな、この森。

 

 

 

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心に花の咲く方へ

 

生きとし生けるもの。

全ての命に限りがあるとは知っていても、現実はそうすんなりと、理解できるものではありません。

 

出会いもあれば、別れもある。

誰もがわかっていても、なかなかそう、簡単に、納得できるものでもありません。

 

「今も遠くも 人は誰も 真っすぐ伸びた 円を歩く

今日に明日に 寂しくなったら 心に花の咲く方へ」

 

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与えられた時間を、ただ精一杯、時一刻と、人は歩んでいくべきなのでしょう。

 

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ただ、心から、ご冥福をお祈りいたします。

天国でどうぞ安らかにおやすみください。

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落語

 

連日、次から次へと、悲しい出来事が起こります。

日本で、そして、世界で。

 

もうだいぶ前、落語を聴き始め、その力に驚いたころ、

「この落語というのは、一体全体なんなのだろう」

と、しばらく頭の中で思いをめぐらしたことがありました。

 

かの談志師匠は、こう語られました。

「落語とは、人間の業(ごう)の肯定である」

 

はじめて聴いた瞬間、何となく理解できそうだと思った反面、まだ私には、はるか遠くの悟りのように感じた記憶があります。

 

その後、図書館で落語の本をむさぼっていたところ、ふと、この言葉に、出会いました。

「落語は、人生を楽に生きるための、バイブルです」

 

談志師匠の弟子でおられる、志の輔師匠のお言葉でした。

その瞬間、心がふっと軽くなったのを、今でもはっきりと覚えています。

 

わたしは、過去の色々な理由から、生涯、どの宗教にも属さないと、心に誓っています。

同時に、どの宗教からでも、良い教えはすべて学び、取り入れるべきだと。

 

あえて言うなら、落語という、書物になっていない教えが、私のバイブルといえるのでしょう。

 

悲しい事件が続きます。

上から降ってくる情報は、きっと必ず、裏に何かの意図が隠されています。

目に見える情報だけに左右されるのではなく、自ら情報を得、真実を見抜くこと。

 

目に見えない何かにこそ、真実は隠されている。

そんな気がしています。

 

 

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僕の来た道

 

ふと気がつけば8月も1週間が過ぎていました。

今年はどういうわけか、次から次へと不思議な事が続きます。

 

大切なものを失う。

大事なものを守るために何かと「闘う」。

 

そんなことが、いつもよりとても多い気がしています。

でもそれはきっと、大切な存在を改めて知るという、ありがたい機会なのだろうと思います。  

 

「僕らは戦うことが そう言えば好きだった

何度も何度も生き返るんだ 夕暮れ時に」  

 

「信じる」ことと「耐える」ことは似ているのかもしれません。

共通することはきっと、ともに「愛」が必要だということです。

 

改めて、心の中で「信じる」ことの大切さを学ぶ日々です。

 

 

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